思考の対局GREAT GAMES OF THOUGHT
左は木の柱のあいだの土壁の前で低い机に座る、朱色の袖なし羽織に青い着物の男、右は白い服に黒い宕巾をかぶった白いひげの男、二人が並んで見える場面

思考の対局 · 第10局  ·   ·  12分40秒  ·  原典15種 · 研究4編

上手な人はなぜ力を抜くのか?

武蔵×金正喜

上手な人は、なぜ力を抜くのでしょうか? 刀は振りよいほどに静かに振れと書いた日本の剣豪・宮本武蔵と、硯に穴をあけ、千本の筆をすり減らしたと書いた朝鮮の学者・秋史 金正喜に、その答えを探ります。

台本と原典を読む
窓の向こうに石垣と木々が見える部屋で、低い机の前に並んで座る朱色の羽織の男と、白い服に黒い宕巾をかぶった白いひげの男

YouTubeで見る(12:40) · 日本語版

対立

武蔵と金正喜、二人

額が後退し残りの髪を後ろへ流し、細かな文様の袖なしの上着を着て横を見つめる宮本武蔵を想像して描いた姿。想像で描いた姿

宮本武蔵

1645年没

刀は振りよいほどに静かに振れと書いた日本の剣豪・宮本武蔵

刀の道は、速く振ることにはない。振りやすいほどに、静かに。
再構成 · 記録 · 要旨 · 地の巻 · 水の巻
馬毛で編んだ黒い宕巾(タンゴン)をかぶり白い衣を着た、長いひげの金正喜を想像して描いた姿。想像で描いた姿

秋史 金正喜

1786〜1856年

硯に穴をあけ、千本の筆をすり減らしたと書いた朝鮮の学者・秋史 金正喜

その場で仏になることはできず、素手で竜を捕らえることもできぬ。たくさん描いてみて、はじめてできるのだ。
再構成 · 記録 · 要旨 · 「題石坡蘭巻」

反転 → 本質

けれども二人とも、努力を止めはしませんでした。

努力のしかたが、変わっただけです。

読む

台本と原典

映像の台詞を日本語で掲載しています。 [記録] 文献で確認 · [要旨] 原文を縮めて訳出 · [寓話] 古い書物の中の話 · [本人の記述] 本人が自ら書いたもの · [伝承]·[伝わる話] 言い伝え · [観察] 絵を直接見て指摘したもの · [解釈] 学者・進行役の解釈 · [別の読み] 学者によって読みが分かれるもの · [議論中] 結論の出ていないもの · [すすめ] 進行役のすすめ · [振り返り] 前の局の言葉をもう一度呼ぶ

台本全文

102行 · チャプター9個 · 行ごとに根拠

画面左上の ③ 私見 は話の層、右下の小さな文字は図版の種類(実際の作品・実際の肖像・今日の姿・後世の想像画・想像で描いた場面など)です。練習研究の図の棒の高さには数字がなく(円の赤い部分が約26%)、ゴルフ・サッカーの実験場面は絵で描き直したものです。

0:00 · 上手な人は、なぜ力を抜くのでしょうか?

0:00進行役

上手な人は、なぜ力を抜いてやるのでしょうか?

0:03進行役

初めてハンドルを握った日、手に汗がにじむほど、ぎゅっと握ったこと、ありますよね?

0:10進行役

だから皆、力を抜けと言います。でもこの言葉、半分しか当たっていません。

0:15進行役

刀とともに一生を生きた日本の剣豪、宮本武蔵は、こう書きました。

0:20武蔵

心は締めすぎず、少しも緩めてはならぬ。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『五輪書』水の巻

0:25進行役

抜きもせず、締めもするな。では一体、どうしろというのでしょうか?

0:31進行役

筆を千本すり減らしたという朝鮮の秋史・金正喜も、答えを残しました。

解釈 — 「秋史 金正喜」の章で示す

0:36進行役

けれどもその答えは、二人より二千年ほど前の、ある料理人の刃先から先に出てきます。

解釈 · 『荘子』紀元前4〜3世紀

0:46 · 牛をさばく料理人

0:45ナレーター

中国の古い思想家、荘子が残した話。今でも見事な腕前を「庖丁解牛」と呼びます。王の前で、料理人の庖丁が牛をさばきます。

記録 · 寓話 · 『荘子』「養生主」

0:56庖丁

初めは、見えるものはすべて牛でした。三年たつと、牛の全体が見えなくなりました。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『荘子』「養生主」

1:02庖丁

今は目で見ず、精神で出会います。天が作った筋目に従うだけです。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『荘子』「養生主」

1:09進行役

ここで終われば、力を抜けばいいという話でしょう。ところが、すぐ次の文があります。

1:16庖丁

それでも、骨と節が絡み合ったところに来ると、その難しさを見て、恐れて用心します。

再構成

1:22庖丁

視線は止まり、手はゆっくりになります。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『荘子』「養生主」

1:25庖丁

刀をほんの少し動かすと、はらりと、土が崩れるようにほどけます。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『荘子』「養生主」

1:31進行役

力を抜いたのではなく、力の使い方が変わったのです。私はこれを、恐れを抱いたまま通り抜けることだと見ます。

解釈 — このチャンネルの読み

1:40ナレーター

この言葉を聞いた王は、牛をさばく話から「生を養う法」を得たと言いました。

記録 · 要旨 · 『荘子』「養生主」

1:44進行役

武蔵は「道に至った」と書き、金正喜は最後がいちばん難しいと書きました。この料理人の中には、その二つの心がどちらもあります。

記録 · 要旨 · 『五輪書』·「題石坡蘭巻」

1:56 · 宮本武蔵

1:55進行役

まず、道に至ったと書いた剣士から会ってみましょう。

2:01ナレーター

日本・九州の岩戸山。晩年の武蔵が、この山に登って祈ったあと、書を書き始めます。

記録 · 『五輪書』序 · 洞窟は伝承

2:08進行役

ここを見てください。剣士が描いた絵です。

記録 · 「枯木鳴鵙図」 · 重要文化財

2:11ナレーター

若いころ六十回あまり勝負して、すべて勝ったと、彼は自ら書きました。

記録 · 本人の記述 · 『五輪書』序

2:16ナレーター

命がけの勝負もありました。養子が建てた碑には、相手を木刀の一撃で殺したと刻まれています。

記録 · 小倉碑文 · 細部は伝承

2:23武蔵

三十を越えて振り返ると、兵法を極めたから勝ったのではなかった。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『五輪書』序

2:29武蔵

その後、朝に夕に鍛えると、五十のころ、おのずから兵法の道に至った。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『五輪書』序

2:35進行役

勝つことと、道に至ることは違う、ということです。

2:38進行役

二刀を使う彼の流派は、長い刀も片手で振れるように身につけます。

記録 · 『五輪書』地の巻

2:44武蔵

刀は初めは重く、振りにくいものだ。

再構成

2:48武蔵

だが振り慣れれば、道の力を得て、振りやすくなる。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『五輪書』地の巻

2:54武蔵

刀の道は、速く振ることにはない。振りやすいほどに、静かに。

再構成 · 記録 · 要旨 · 地の巻 · 水の巻

3:00進行役

庖丁と同じ言葉です。新しいことが初めは重く、ぎこちないのは、間違った方へ進んでいるからではない、ということです。この「みち」は、漢字で書くと「道(どう)」です。

解釈 · 「道の力」の道

3:11進行役

では、心はどうでしょうか。最初に見た「締めすぎず、緩めず」、そのすぐあとに、こう書きます。

記録 · 『五輪書』水の巻

3:19武蔵

心を真ん中に置き、静かに揺るがせよ。

再構成

3:24武蔵

その揺らぎが、一瞬も止まぬように。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『五輪書』水の巻

3:28進行役

ただ揺れるな、ではありません。私はこれを、揺れを抱いて戻ってくる力と読みます。

別の読み · ゆったりとした揺らぎ(五輪書研究会)

3:37 · 秋史 金正喜

3:36進行役

武蔵がこの世を去って百四十年ほどのち、海の向こうの朝鮮で、一人の人が生まれます。最後がいちばん難しいと書いた人です。

記録 · 武蔵 1645 · 金正喜 1786

3:48ナレーター

秋史・金正喜。「秋史体」という自分の書を残した朝鮮の学者です。国の記録である実録は、彼がさまざまな書体で真の境地を悟ったと記しました。

記録 · 要旨 · 『哲宗実録』卒記

3:58ナレーター

彼は済州島へ流されます。その島で、今は国宝となったこの絵を描いたと見られています。

記録 · 『憲宗実録』 · 1844年は推定

4:06進行役

ここを見てください。家が一軒、木が数本、そしてがらんとした余白。

観察

4:11ナレーター

絵の終わりに、彼は文を添えました。流された自分を忘れず、遠くから本を求めて送ってくれた弟子に贈る絵だと。

記録 · 要旨 · 「歳寒図」跋文

4:19ナレーター

寒い冬になってはじめて、松とコノテガシワが遅れてしぼむことを知る。

記録 · 『論語』子罕 · 跋文の中の引用

4:25進行役

冬の風に揺れるのは枝で、松はその場に立っています。心は揺れても、立っている場所は変わらないこと。

解釈

4:34進行役

彼は絵の腕前を一万のますに分け、そのひとますを「分」と数えました。

解釈 · 分 = 一万のうちの一つ

4:40金正喜

蘭を描くことは、九千九百九十九分までは、ほとんどできるものだ。

再構成

4:47金正喜

その残りの一分が、いちばん成し遂げがたい。

再構成 · 記録 · 要旨 · 「題石坡蘭巻」

4:51金正喜

その場で仏になることはできず、素手で竜を捕らえることもできぬ。たくさん描いてみて、はじめてできるのだ。

再構成 · 記録 · 要旨 · 「題石坡蘭巻」

4:57進行役

けれども同じ人が、息子にはこう書きました。

5:03金正喜

蘭は一度に、三、四枚を超えて描くことはできぬ。

再構成

5:06金正喜

気が集まり、境遇がなじまねばならぬ。

再構成 · 記録 · 要旨 · 「与佑児」(息子へ)

5:10進行役

たくさん描けと言った人が、一度に三、四枚は超えられないと言います。気が散ったまま、枚数だけを満たすな、ということです。

解釈

5:19金正喜

この一分は、人の力でできるものではない。

再構成

5:22金正喜

だが、人の力の外から来るものでもない。

再構成 · 記録 · 要旨 · 「題石坡蘭巻」

5:26進行役

努力だけではできないが、努力なしには来ない、という言葉です。

解釈

5:30ナレーター

彼は前の世代の書家の書の理論について、鋭い文を残したこともありました。

記録 · 『阮堂全集』「書円嶠筆訣後」

5:35ナレーター

ところが他人の書に厳しかった彼が、自分の書は言うに足りないと書きました。硯に穴をあけ、筆を千本すり減らしたと言いながら。

記録 · 「与権彝斎」(手紙)

5:46 · 投票 · いちばん強い反論

5:46進行役

一人は道に至ったと言い、一人は最後の一分がいちばん難しいと言います。

5:53進行役

あなたはどちらですか?理由を一行添えて、コメントで残してください。

5:57進行役

いちばん強い反論を聞いてみましょうか。最後まで難しいのなら、なぜ至ったと言えるのでしょうか?

解釈 · 反対の論拠

6:03武蔵

五十のころ、道に至った。それからは、さらに尋ね入るべき道もなく、歳月を送った。

再構成 · 記録 · 要旨 · 『五輪書』序

6:10進行役

ところが、こう付け加えます。

6:12武蔵

兵法の理に従い、さまざまな芸の道としたので、何事においても、我に師はなかった。

再構成 · 記録 · 要旨 · 序 · 訳が分かれる

6:18進行役

よく、刀で至った道が、絵と書へ向かう新しい道になったと読みます。

別の読み · 芸 = 武芸(五輪書研究会)

6:24武蔵

千日の稽古を鍛といい、万日の稽古を錬といった。

再構成 · 記録 · 要旨 · 水の巻 · 弟子の編集説あり

6:30金正喜

その最後の一分は、きわめて難しい。

再構成 · 記録 · 要旨 · 「与呉生」(手紙)

6:34金正喜

どうか、努めてしっかり食事をとりなさい。

再構成 · 記録 · 要旨 · 同じ手紙の結び

6:37進行役

二人とも、努力をやめませんでした。努力のしかたが、変わっただけです。

解釈

6:44 · 科学 — 練習はどこまで説明できるか

6:43進行役

では今日の科学は、この言葉をどう見るでしょうか?

6:51ナレーター

ある研究は、優れたバイオリンの学生ほど、一人でする練習を長く積み重ねていたと述べました。研究チームはこれを、直すところを決めておいて懸命に取り組む「意図的練習」と見ました。

記録 · エリクソンほか 1993

7:02ナレーター

のちに別の研究チームがもう一度やってみると、そうした練習時間も、実力の差の一部しか説明しませんでした。

記録 · マクナマラ&マイトラ 2019

7:07ナレーター

もう一つの実験です。ゴルフに熟達した人に、パッティングの動作の一部分を考えながらパットさせたところ、よけいに外れました。

記録 · バイロックほか 2002 · 2004

7:15ナレーター

サッカーの実験では、初心者は逆に、動作を一つひとつ考えたときのほうがうまくできました。熟達した選手も、不慣れな左足ではそうでした。

記録 · バイロックほか 2002 実験2

7:24進行役

初めは一つひとつ確かめて身につけ、体に染みついたあとは確かめないこと。それでも不慣れなところでは、絡み合ったところを前にした庖丁のように、もう一度一つひとつ見るほうがいいのです。ただ、科学が言えるのは、まだここまでです。

解釈 · 論争中

7:40進行役

あなたが見た一流は、どんな姿でしたか?

7:44進行役

ところが今、刀より速く、筆よりも多くを知る存在が、私たちのそばに来ました。そんな存在のそばでも、人が育てるべき力とは何でしょうか?

7:57 · 私見

7:57進行役

ここからは私見です。正解ではなく、私もまだ歩いてみている途中の考えです。

③ 私見

8:01進行役

「歳寒図」を描く二年前、流刑地の金正喜に、一つの知らせが届きます。妻がこの世を去ったという知らせ。訃報はひと月たってようやく海を渡ってきて、彼は最期を看取ることもできませんでした。

③ 私見 · 記録 · 「夫人礼安李氏哀逝文」

8:15金正喜

首かせが前にあり、流刑の道があとに続いても、私の心は揺れたことがなかった。だが妻を失って、心をつかまえるすべがない。

③ 私見 · 再構成 · 記録 · 要旨 · 同じ文(哀逝文)

8:22進行役

そして二年後、彼は冬にも青い松とコノテガシワを描きます。損得抜きで、遠くから本を送ってくれた弟子、李尚迪に贈るために。

③ 私見 · 記録 · 「歳寒図」1844(学界の推定)

8:34進行役

私は一流が、揺れない人だとは思いません。金正喜も、心をつかまえるすべがないほど揺れました。ただ、彼は戻ってきました。

③ 私見 · 解釈 — 歳寒図を「戻ってくること」として読む

8:46進行役

悲しみを押しのけず、抱いたまま、そばに残ってくれた一人に向かって。私はこの力を、徳と呼びたいのです。

③ 私見 · 解釈 — 歳寒図を「戻ってくること」として読む

8:54進行役

この力は、練習で伸ばせると思います。大きく揺れた日には、庖丁が絡み合ったところの前でそうしたように、少し立ち止まり、できるいちばん小さなこと一つから。そして、一人で耐えないこと。金正喜にとって、あの本たちがそうだったように。

③ 私見

9:07進行役

だから私たちも、誰かにとってのその一人になれます。安否を尋ねる一行で十分です。AIが多くのことを代わりにしてくれる時代にも、これだけは人の受け持ちだと思います。

③ 私見

9:18進行役

今日どこへ歩くかを知り、その道を歩くこと。そしてその道で、揺れている誰かを抱くこと。私はそれが、徳を育てる道だと信じます。この考えが正しいかどうかは、これからの話の中で歩き続けながら確かめていくつもりです。

③ 私見

9:34 · 私の答え · 今日の一歩

9:33進行役

最初の問いに戻ります。上手な人は、なぜ力を抜いてやるのでしょうか?

9:39進行役

私の答えはこうです。力を抜くのではなく、努力のしかたが変わるのです。そして揺れたら、抱いて戻ってきます。

9:46進行役

さっきの問い、最後まで難しいなら、なぜ至ったと言うのか。今日たどり着いた道はあります。ただ、その道が、最後の目的地ではありません。

9:57進行役

今日の一歩は、戻ってくる練習です。今日、心が揺れた瞬間を一つ思い浮かべてみてください。その前で、庖丁のように少し立ち止まり、今できるいちばん小さなこと一つだけをやってみてください。

勧め

10:08進行役

押しのけずに、「これも自分の道の一部だ」と。

勧め

10:12 · 十の対局 · 画竜点睛 · 最後の問い

10:12進行役

振り返れば、十回の対局は、一人の人が歩いてきた道のようです。

10:17進行役

ラーメンを前に、自分の意志は本当に自分で選んだものなのかと問い、完璧になった次は、終わりではなく新しい進化だと言いました。

10:25進行役

後悔は第二の矢であり、お金はエネルギーを人の必要に換えるときにやって来ました。言葉をそのまま書き記せれば、世界は変わります。

10:36進行役

見るべきものはすでにあり、のぞき込もうとする心と見抜く目が、自分の受け持ちでした。つらい一日は今ここの自分を見つめて耐え、だまされる目の前では、もう一度確かめました。

10:48進行役

自分を見つめるその道に、遅い人はいませんでした。そして今日、揺れても抱いて戻ってくる道を見ました。

10:56進行役

表向きは対立して見えた二十人が、結局一つの道を指していました。その点をつなげてみると、一匹の竜のようです。まだ瞳のない。

11:06ナレーター

千五百年ほど前、中国の画家・張僧繇は、寺の壁に竜を四匹描き、瞳は描き入れなかったといいます。描き入れたら、飛んでいってしまうからと。

伝わる話 · 張彦遠『歴代名画記』

11:16ナレーター

人々が信じず、ぜひ描き入れてみよと言うと、彼は二匹に瞳を描き入れました。たちまち雷鳴と稲妻が壁を破り、二匹の竜は雲に乗って天へ昇りました。瞳のない二匹は、壁にそのまま残ったといいます。

伝わる話 · 張彦遠『歴代名画記』

11:31進行役

「画竜点睛」は、この話から生まれた言葉です。金正喜がいちばん難しいと言った最後の一分は、もしかするとこの瞳ではないでしょうか。

解釈

11:40進行役

けれどもこの瞳は、映像が代わりに描き入れてあげることはできません。

11:46進行役

揺れた日にもう一度戻ってくる一歩、誰かに送る安否の一行。その点は、あなたが描き入れるのです。

11:53進行役

AIが竜をすべて描いてくれる時代にも、瞳を描き入れるのは、人の受け持ちです。

12:00進行役

庖丁は自分の仕事をしただけなのに、その言葉を聞いた王は、生を養う法を得ました。

記録 · 要旨 · 『荘子』「養生主」

12:06進行役

利を計らずに、利をもたらす道はあるでしょうか?人類がまだ歩んだことのないこの道のりで、その道を私たちはどう築いていくのでしょうか?

原典と研究

原典15種 · 研究4編

出典は韓国語の原文のまま掲載しています。

  1. 記録 · 寓話 · 要旨はじめは見えるものすべてが牛、三年たつと牛の全体が見えなくなった · 神をもって遇し、天理に依る · 骨と節が入り組んだところ(族)では恐れ戒め、視線は止まり手は遅くなる · 刀をごくわずかに動かすと、土が崩れるようにほどける · 王はこの言葉から生を養う道を得た:『荘子』「養生主」(庖丁は話の中の人物)「每至於族 … 視爲止 行爲遲」「吾聞庖丁之言 得養生焉」 · 族の解釈は郭象注・成玄英疏 · 「庖丁解牛」は技が非常にすぐれていることのたとえ(漢字辞典の故事成語)
  2. 記録 · 要旨心はきつく引っ張らず少しもたるませず、まん中に置いて静かに揺るがせ、その揺るぎが一瞬も止まないように:『五輪書』水之巻「兵法心持」「心を静にゆるがせて」(同じ条の終わりに「うごきなき心」もある) · [別の読み] ゆったりとしたゆらぎ(五輪書研究会)
  3. 記録1643年10月上旬、岩戸山に上って祈ったのち書き始めた、年は六十:『五輪書』自序(洞窟で書いたというのは伝承) · [本人の記述] 二十八、九歳までに六十余度勝負し、一度も負けなかった:自序
  4. 記録相手を木刀の一撃で打ち殺した:養子・宮本伊織が建てた小倉碑文(1654)「木刄の一撃を以て之を殺す」 · 決闘の話の細部は後世の伝承
  5. 記録 · 要旨兵法を極めて勝ったのではない · 朝鍛夕錬し、五十歳のころおのずから兵法の道に逢った · それ以来、尋ね入るべき道なく光陰を送る · 諸芸諸能の道としたので師匠がない:自序「をのづから兵法の道に逢事、我五十歳の比也」 · [別の読み] 諸藝諸能を武芸だけと読む見解(五輪書研究会)
  6. 記録 · 要旨長い太刀も片手で · 振りつければ道の力を得て振りよくなる · 太刀の道は速く振ることではない:地之巻「道の力を得て振よくなる也」「はやく振にあらず」 · 振りよいほどに静かに:水之巻「太刀ハ振よきほどに静に振心也」 · 千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす:水之巻の終わり(弟子の編集とする説がある箇所)
  7. 『五輪書』は自筆本がなく写本(細川家本・楠家本など、五輪書研究会の翻字)で照合 · 武蔵 1645年没(小倉碑文) · 「枯木鳴鵙図」:重要文化財、和泉市久保惣記念美術館
  8. 記録 · 要旨諸書体に真の境地を悟った:『哲宗実録』哲宗7年(1856)陰暦10月10日の卒記「艸、楷、篆、隷,妙悟眞境」 · 1786年生まれ · 1840年、済州の大静県に流される:『憲宗実録』憲宗6年陰暦9月4日
  9. 記録 · 要旨「歳寒図」(韓国の国宝、1844年作は学界の推定):遠くから書物を求めて送ってくれた訳官・李尚迪(号は藕船、金正喜の門人)に、世が権勢と利を追うときにそうしなかったとして贈った:款記「藕船是賞」 · 跋文「世之滔滔 惟權利之是趨」「不以歸之權利」「歲寒然後知松柏之後凋」 — 『論語』子罕「歲寒然後知松柏之後彫也」(松柏=松と側柏、所蔵館の解説)
  10. 解釈「分」=絵の腕前を一万に分けた一つ
  11. 記録 · 要旨九千九百九十九分まではほぼできるが、残りの一分がいちばん難しい · たくさん描いてこそできる · この一分は人の力でできるものでも、人の力の外から出るものでもない:『阮堂全集』巻6「題石坡蘭巻」「其餘一分最難圓」「多作然後可能」「此一分非人力可能 亦不出於人力之外」
  12. 記録 · 要旨蘭は一度に三、四枚を越えて描けず、気が集まり境遇が融け合わねばならない:巻2「与佑児」(息子へ) · 円嶠・李匡師の「筆訣」に鋭い文:巻6「書円嶠筆訣後」 · 硯に穴をあけ、千本の筆をすり減らした:巻3「与権彝斎」「磨穿十硏 禿盡千毫」
  13. 記録 · 要旨最後の一分はきわめて難しい · 「努力加餐」(体を大事にという結びのあいさつ、「古詩十九首」から来た言葉):巻4「与呉生」(若い訳官・呉慶錫へ)
  14. 記録 · 要旨1842年陰暦11月13日に妻が世を去り、訃報は12月15日に流刑地に届いた · 一度も揺れなかった心を、つなぎとめるすべがない:巻7「夫人礼安李氏哀逝文」「無以把捉其心」
  15. 記録すぐれたバイオリン学生ほど、一人で練習した時間を長く積んでいた(18歳までの回想で測った時間 7,410 · 5,301 · 3,420時間) · 「意図的練習」は研究者の定義:Ericsson ほか, Psychol. Rev. 100(3):363–406 (1993)
  16. 記録練習時間が説明した割合は約26%、最優秀と優秀のあいだの差ははっきりしない(39人):Macnamara & Maitra, R. Soc. Open Sci. 6:190327 (2019)
  17. 記録熟練ゴルファーは動作の一部を考えながらパットすると外れやすくなった · サッカーのドリブルでは初心者が、そして熟練選手も不慣れな左足では、一つ一つ考えるほうがうまくいった:Beilock ほか, J. Exp. Psychol.: Applied 8(1):6–16 (2002) 実験1·2 · Beilock ほか, Psychon. Bull. Rev. 11(2):373–379 (2004)
  18. 解釈 · 議論中練習が実力をどこまで説明するかは学者によって見方が分かれる
  19. 伝わる話張僧繇は寺の壁に竜を四匹描き、瞳は入れなかった、入れれば飛び去ると言った · 強いて入れさせると二匹に入れ、雷電が壁を破って二匹は天に昇り、残る二匹はそのまま残った:張彦遠『歴代名画記』巻7 張僧繇の条「點睛即飛去」「二龍未點眼者見在」 · 「画竜点睛」はこの話から出た言葉
  20. 振り返り最後の章で振り返った文:このチャンネルの第1局の最後の問いと、第2〜9局の「私の答え」(第8局は今日の一歩・最後の問いを含む)

写真の出典

CC BY-SA 4.0:済州・大静の金正喜流配地(1984年復元) Trainholic · 小倉碑文 速日 — 2枚とも改変:流配地の写真は右下の案内板部分を切り取り、どちらも紙色の背景に配置

Public Domain:「歳寒図」(韓国の国宝)国立中央博物館所蔵 · 李漢喆「金正喜影幀」(1857、韓国の宝物「金正喜宗家遺物」) · 金正喜の書「実事求是箴」 · 武蔵「枯木鳴鵙図」(重要文化財)和泉市久保惣記念美術館所蔵 — 以上 Wikimedia Commons · 歌川国芳「宮本無三四」(後世の想像画)国立国会図書館デジタルコレクション · 振り返りの中のダ・ヴィンチの版画(1795)Wellcome Collection · ヘヴェリウス『月面誌(セレノグラフィア)』(1647)口絵 · ゴッホ「自画像」(1887)Rijksmuseum, Amsterdam

そのほかの人物の絵と場面は、記録と肖像をもとに想像で描いた場面です。

誤りを見つけたら、映像のコメントでお知らせください。確認したうえで訂正します。 事実を確かめる方法

色あせた紙に墨で描いた冬の景色、丸い窓のある低い家を挟んで、左に細くまっすぐな木が二本、右に太い老木と松が立ち、まわりはがらんと空いている絵

庖丁は自分の仕事をしただけなのに、その言葉を聞いた王は、生を養う法を得ました。

利を計らずに、利をもたらす道はあるでしょうか?人類がまだ歩んだことのないこの道のりで、その道を私たちはどう築いていくのでしょうか?

一流とは? ① 至れるもの — 武蔵 ② 最後まで難しいもの — 金正喜。理由を一行添えて、コメントで残してください。

YouTubeのコメントで考えを分かち合う

続けて

ほかの対局

すべての対局 →